Old Smith & Wesson Knives

当初はオールドS&Wナイフネタを書こうと思っていたのが、この頃は60~70年代アメリカン・ナイフ再発見の話です

「たぶんYUKON」なRigid Knife

 Rigidのナイフを初めて見たのはたぶん20年前くらいで、その頃は私はまだインターネットとの接点もなく、ナイフ店の店頭でのことである。9丁のリジッド・ナイフが納まるセールスマン・キットだった。

  思えばインターネットのない時代というのは、情報を得るということに関して今とは比較にならないほどハードルが高かった。当時はこの手の趣味知識は主に書籍から得ていたもんな。60-70年代のアメリカン・ナイフ、それもマイナーなメーカーの情報なんて日本の書籍になんて出ていないわけで、まあ今思えば不便なんだけど、じゃあ当時が不幸だったかといえば別にそうでもなく、情報を得るということに関する喜びみたいなものは今よりあったのかな*1

 最初にリジッド・ナイフを見たときは、デザインがBuckっぽく、ブレードの刻印もバック・カスタムのようなオールド・イングリッシュ・スクリプトの飾り文字、ブレードも昔のバックのセミ・ホロー・グラウンド(を極端にした感じ)、要するにバックの文法に沿ったデザインだったので、バックのカスタム・ショップが作っていたナイフなのかなと思っていた自分である。こういうナイフは好きなので買いたかったが、キットのセット売りでバラ売りはなく、シースも附属しているかどうかよくわからなかったので買わずじまいだった。その後もバラ売りのリジッドに出会うこともなく、それきりであった*2

 で、最近、バラ売りというか普通の売り方をされているリジッドがあったので早速買ってきたのである*3

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 便利なネット検索でリジッドを調べてみると、なかなか面白い話で、この会社はバックの元従業員によるもので、彼らはまだバックに在職中に自分のガレージでナイフを作って通信販売していたのが、リジッド・ナイフの始まりだったらしい。これがバックにバレて、離職後73年頃に法人化(カリフォルニア州サンティー)、しばらくしてアーカンソー州に引っ越して10年くらい経営したが*4、その後はユナイテッド・カトラリーにリジッドのブランドを売却した。その後のリジッド・ブランドのナイフは米国、イタリア、日本、台湾等で製造という、いつもの流れだ。

 私の興味が向くのは、7-9種類の初期モデル(R-1,4,7,9,10,13,16,19あたりか)である。

R-1 SIDEWINDER コチースの小さい版
R-4 RIPPER レイザーバックの小さい版
R-7 SKINNER Buck103のようなブレード
R-8 CARIBOU RANDALL M11のようなブレード
R-9 APACHE Buck112のようなブレードのフォールダー
R-10 REBEL ユーコンの小さい版
R-11 CHEROKEE アパッチのドロップ・ポイント版
R-13 COCHISE サイドワインダーの大きい版
R-16 YUKON レベルの大きい版
R-19 RAZORBACK リッパーの大きい版

R-30 ALASKAN ドロップポイントの小型シース・ナイフ
R-33 ROGUE ストレート・ポイントの小型シース・ナイフ
R-36 WOLVERINE さらに小型のストレート・ポイント
R-37 NAVAJO 小型のフォールダー

 で、買ってきたこのリジッド・ナイフはどれなのかというと、驚くことに、いや、この便利なネット時代なのにだ、自信をもって同定できないんである。

 何が問題なのか?まず、ナイフには『Rigid USA』と刻印があるが、ナイフ自体シース自体にモデル名の記述がない。箱にはモデル名が書いてあるのは確認しているが、このナイフは箱無し・ペーパーワーク無しで買ったんである。

 イーベイに出品されている情報を調べると、同じナイフでも説明のモデル名が、ものによって食い違っている。箱付きでもだ。おそらく、昔、店で販売していた頃はナイフ/シースをディスプレイして箱を別に保管していたんだろうが、売るときに正しい箱に入れなかった場合があるのだろう。

 カタログを確認したいが、当時のカタログの、モデル名と形状の説明があるちょうどいい画像がどうしても見つからない。

 ネット上にいくつかのパタンのセールスマン・キットの画像がある。見ると、ディスプレイ・ケースにモデル名の小さな説明タグが付いている。これで解決と思いきや、ナイフの格納場所は決まっているのに違うナイフを間違った場所に格納している節がある。格納する場所にはへこんだ型がついているので、大体の形状で推測できるが、確実ではない。つまり、一旦ケースから出して元の場所に戻す時の判断が、正しい記憶か、モデルを説明するカタログがなければできないのだろう。

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 と、いうわけで、上記のモデル№とモデル名のリストまでは確認したが、どれがどれなのか、確実ではない。買ってきたのはおそらくユーコンなんだが、コチースかもしれないという、これまで経験したことのないマヌケさ加減である*5

 少なくとも、ブレード5インチ、ハンドル5インチの合計10インチのモデルだ。上に書いた、「大きい版」とか「小さい版」というのは、確かにその通りなんだが、サイズの差はブレード0.5インチ、ハンドル0.5インチ、全長で1インチ程度と割と微妙な違いで、「リッパー」と「レイザーバック」の例を除くと全体のスタイルは相似形に近いこともあって大小の違いも見比べないと分かりにくい。同一モデルでも個体差がかなりある。この辺も混乱を助長する。

 ともかく、自分の手に合ったモデルを買えば良いわけなんだが、そう数出るものでもなく(とりわけ日本の店頭では)、とりあえずは出たら買って試してみるしかない。個人的には、「リッパー」か「レベル」が、実用には良さそうな気がするが、実際に試してみたわけではないので何ともである。

 

有難い初期モデル様

 この手の品物で、というか、ちょっと古手の物で珍重されるのは初期のモデルだが、リジッドの初期モデルというのは、上記の、基本的に3飛びになっているR-xx型番である*6。80年代にユナイテッド(United Cutlery)にブランドが移ってからはRG-xx型番になっている。RG型番は日本製のものが多く、G-Sakai製のような感じだ。

 初期モデルで、70年代前半の物は、ハンドルのローズウッドに2本の真鍮の留めピンがあることで識別でき、同時代のシースは黒革である。このごく初期のモデルが、その品質において後年の物よりいいのかどうか、解りかねるが、少なくとも手元の初期モデルの製造品質やハンドル材の質はなかなかのものではある。

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Buck Kalingaとの類似性

 ネット上には真偽定かならぬいろいろな噂があるが、一説によれば、リジッド・ナイフの創業者のうち2名(Don Collumさん、Bill Duffさん)が、バックに在職中、とにかくナイフ造りが大好きで、新商品のデザイン案を社内プレゼンしたが受け入れられずスピンアウトしたという話、そもそも在職中に自家ガレージで製作した「リジッド・ナイフ」を通信販売していたがバックにバレたという話、等々があって、まあ少なくともこの2名がバックの元従業員であったことは確かなようだ。少なくともここ数年来までは、Bill Duffさん*7はご存命、その他お二人(Don Collumさんと、バック出身でなかった?創業者のもう一人Dean Parksさん)は逝去されたとの由である。

 志を抱いて、自分たちの作りたいナイフを作るのだというのは結構な話ではあるんだけど(そしてまたそのような気概で造られた初期のリジッドは何ともいえない魅力を備えている)、バックにしてみれば製造ノウハウがまるごと流出してコンペになったようなもので、そこにはやはり何らかの諍いはあったんだろう。で、ノウハウのみならず、まあ古いナイフ好きが見れば、初期のリジッド・ナイフは、バック・カリンガ(Model 401)を連想させるデザインで、独特のブレードのセミ・ホロー・グラウンドも、特異なシースも似ていて、これまたバックの逆鱗に触れたのではないかと想像する。

 カリンガの発売と初期リジッド・ナイフは時期が重なっているので、あるいはリジッドの面々がカリンガのデザインに関わっていたのかと思ったのだが、実際のところはカリンガはFrank D. Buckさん(現社長CJさんの叔父にあたる)のデザインで、このナイフは、バック中興の祖、Al Buckさん(先々代社長、CJさんの祖父にあたる)のお気に入りであったらしい*8。これではバックも怒り二倍増しであろう。

  ともかく、いずれにしても推測に過ぎず、当事者にしかわからない出来事ではある。このへんの話は、Bill Duffさんご本人によるとこのような感じである。

Like many others, I have always been fascinated with knives. In 1965, I gave up a carpentry job to work for Buck Knives in San Diego.  I enjoyed my job at Buck and stayed there until 1970, at which time, Don Collum and I started "Rigid Knives" in my garage.  That too was enjoyable and a challenge, however I sold my share in 1976 and started making my own hand made knives.  I have been a member of the Knifemakers Guild since 1978.

Bill Duff

 Bill Duffさんがリジッド・ナイフから離れたのは1976年とあるが、これはハンドルの2本の留めピンが廃止されたのと同時期である。いわゆる初期モデルを見分けるのはこのピンが目印になる*9

 全体的なデザインの構成ということでいえば、少し後になるガーバー(Gerber)・プレゼンテーション・シリーズの新型ハンドルはリジッドの影響を受けているような気もするし、その先のカーショウ(Kershaw)の初期モデル、1030、1032、1035や1050なんかもリジッドの影響を感じなくもない*10。まわりまわって、割と最近リメイクみたいに、バックがしばらくの間販売していた新カリンガ(Kalinga pro Model 408)なんかはリジッドみたいだと思ったりしたものである。

 

特異なブレード

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 このリジッドや昔のバックのナイフが、私の好奇心の微妙なツボを突いてくるのは、なんといってもブレード・ベベルの特異なグラインドである。古くはマーブルズ(Marble's)のアイディール(Ideal)シリーズがこういう刃*11になっていて、これは要するにセイバー・グラウンドのブレードに幅広く深い樋を入れたものだ。バックの場合は、どちらかといえばホロー・グラウンドが主で、エッジ側を厚く残してまた刃先に向かってテーパーさせるという感じである。リジッドの場合は、これは本質的には、フラット・セイバー・グラウンドで、そこに樋を入れた感じになる*12

 リジッドでは、ブレードについてこのように説明している。

  • セミ・ホロー・グラウンドで、可能な限りのシャープさを追求、非常に研ぎやすい
  • ジッドのためのスペックで製造された高炭素ステンレス鋼で手作り
  • 厳密に制御された熱処理で58-60HR-Cに仕上げ

 バックのセミ・ホローは、顧客から研ぎにくいという指摘がそれなりにあったもので、これはホロー部分は関係なく、エッジ側が分厚いというところに原因があった。要するに研ぎ面積が広いんである。かといって鈍角に研ぐと切れ味はイマイチである。併せて、当時の米国のユーザーは、アーカンサス砥石のような研磨力の小さいものを使っている人が少なからずいて、まあ研ぎにくいですねという話になったものと思われる。

 にもかかわらず、マーブルズもリジッドも研ぎやすさを特長として挙げているのはなぜかという話になるが、どうもマーブルズの場合はセイバー・グラウンド部分のベタ研ぎも想定しての話だったようだ。地面や氷にに穴を掘る話からすると手斧のように研ぐイメージなのかもしれない。であれば、確かに樋が通っていれば、研ぎ面積は小さくなる。

 で、リジッドがなぜ研ぎやすいのかというと、これは手に取ってみればわかるのだが、刃先部分のブレード・ベベルがかなり薄くなるように研削されているんである。昔のガーバーのダガーのような感じだ。

 私がこのリジッド・ナイフを買ったとき、未使用で工場出荷時の刃付けのままであった。その刃付けは小刃をつけてバフを掛けたものだったのだが、その小刃(要するにエッジ・ベベル)と同様に研いでみると、エッジの刃角は片側20度弱(両側合わせて40度弱)であり、そのエッジ・ベベルは、通常のナイフの1/2から1/3の幅しかない。片側15度から17度くらいを狙って、その後さらに研いでみたがそれでもやはりエッジ・ベベル幅は狭く、確かに研ぎに時間がかからないのであった。

  初期リジッド・ナイフの鋼材は、巷間言われるところでは440Cということなんだが、実際のところはどうなんだろうか?オールドS&Wナイフも440Cだとまことしやかに言われていたものだが、実際には440Aであることを確認している(440Aだからダメということではなく、適正な熱処理が行われている前提では、むしろその選択が正しいのだと思っている)。

 初期の保証書兼リーフレットでは、上に引用したように、リジッド仕様に誂えたステンレス鋼と書いてあるし、中期以降、すなわちアーカンソーに移転してからのペーパーにも440Cとは書いていないし、具体的な鋼種の説明もない。

 #1000の電着ダイヤモンドに当てると、その食いつき加減というか、おりの良さに驚くのだが*13、それは440C時代のバック・ナイフともまた違う感覚で、まあなんでも真に受けても仕方ないんだが*14、あるいは何か特注の、硬い炭化物が少ないステンレス鋼なのかもしれないし、同じようなことを言っていたシュレードがそうであったように440A近似の構成だったのかもしれない。カエリの出方や、使った感じでは、HR-C58以上というのは納得できる感じではあって、容易に刃がヨレたりはしない。

 

つづく

*1:そんなこともあって、インターネットのない時代を経験している人のほうが、ネットでいろいろイイことを教えてくれるような印象がある。知るいうことが楽しい時代の人というか。「ホームページ」創成期、情報の正確性はともかくとして、面白いコンテンツがたくさんあったよね。

*2:イーベイで出るんだけど、自分はこういう中古物件は現物主義で、基本的には店頭でしか買わない。

*3:自分の従来の相場感からするとかなり安価であった(1万円程度)。オリジナルの箱とペーパーがあればもっと高く出したものと思うが、ナイフ自体もシースもほぼ未使用で、もちろん真鍮なんかはすぐに変色するものだが保管状態はかなり良いことを考えると、私のような物好きにはぴったりの小浪費であった。この手のビンテージ趣味の品の値段はあってないようなもので、店主の気合いで決まるようなものだ。調べてみたが、米国でのビンテージ・ナイフというかオールド・ナイフの相場は、いわゆるビッグ・ネームのメーカーを除き、全体的に下落気味である。かつての米国では、高級ナイフの一部は投資用と考えられていたのが(ゆえに保管にも気を使った)、最近ではそうでもなくなってきているようだ。このナイフは店主によれば米国仕入れではなく、日本国内のコレクター経由らしいが、店舗での販売価格が1万円なら仕入れ値は5、6千円ぐらいのものだろう。存分に使いきって5千円ならまだしもだが、高値で買って、きちんと保管してその値段なら、やはり投資にはならないね。日本のコレクターは、相場が上がるのを待つ投資というよりは好きで集めている人が多い印象で、そういう人からすれば、円安に目をつぶれば今は買い時といえるのかもしれない。

*4:私にはアーカンソーに引っ越した理由は不明で、その間が、ある意味空白期間だったのだが、最近、70年代後半から80年代前半にかけて『Smith Knife and Stone company』に買収されていたという情報があった。その後、このスミス社が、ユナイテッド・カトラリーにブランドを売り渡したのだろう。創業者たちがアーカンソー時代にも関わっていたのかどうかは不明である。

*5:なお、私がリファレンスとしているのはこのセールスマン・キットの画像で、同時代の出版物のカットらしい。

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左端で縦になっているのが、カリブー、左側横置きの上からスキナー、リッパー、サイドワインダー、アパッチ、右側横置きの上からレイザーバック、ユーコン、コチース、レベルと思われる。

*6:いわゆる初期モデルはR-19までかな。後期だとR-36というモデルもある。

*7:「リジッド」後はカスタムナイフ・メーカーになったらしい。

*8:ちなみにAlさんがカリンガを基に改良したデザインがアコナ(Model 401)である。

*9:繰り返しになるが、初期モデルのほうが良いか悪いかということに関して、私には特に意見はない。ただ、シースは初期の黒革のもののほうが良いように感じるが。とにかく手にとって比較したことがないのでわからないんである。

*10:もちろん根拠のない個人的な感想である。

*11:マーブルズによれば、

The thick, strong blade is relieved by hollow grinding which provides proper balance for weight and size. Strength of back is necessary for splitting kindling or digging holes in hard ground or ice. The hollows aid quick sharpening. Blade is adapted to sticking and skinning. Back of point is beveled for breaking small bones. Blade and tang forged from one piece of high grade cutlery steel, expertly tempered, polished and sharpened to a keen edge.

とのことである。ベタ研ぎを想定していたのだろうか?

*12:実は初期のバック・カリンガに限って言えば、かなりリジッドのようなグラウンドで、エッジ側の平面が幅広い。

*13:最近、#1000の電着ダイヤで仕上げるのが気に入っている。この電着ダイヤモンド砥石は、ナイフ用の砥石としてだけではなく他の砥石のドレッシングにもかなり使っていて、安い電着にありがちな粒の大小や高低の不揃いによる妙な攻撃性が和らいできていい感じである。といって通常の砥石以上の研削力はまだ残っている。で、このナイフの場合、#1000電着ダイヤでエッジの成形から仕上げまで行けるのが、というか、成形が終わると仕上げも終わっているのがなんともラクである。

*14:いち小ナイフ・メーカーの需要に応じて特注の鋼材を提供する鋼材メーカーというのが当時アメリカにあったとも思えないが、70年代前半の業界事情はよく知らないのも正直なところで、ローカルの製鋼会社で対応してくれるところがあったのかもしれない。