Old Smith & Wesson Knives

当初はオールドS&Wナイフネタを書こうと思っていたのが、この頃は60~70年代アメリカン・ナイフ再発見の話です

アメリカン・ナイフの源流域に分け入りたいが、程度の良いMarble’s Knifeはないのか?

 Rigid Knifeのところで触れたMarble's Ideal、昔に興味を持っていろいろ調べたナイフである。日本のナイフコレクター界隈ではあまり言及されないが、実のところマーブルズ*1なしにはスカーゲルなく、ランドールなく、ラブレスなし、と言えるアメリカン・スポーツ・ナイフの源流であった*2*3

 で、ひとつ試してみたいとは思いつつ、若干お高め、なにせ実用ナイフの古い物だけあって程度がそこそこ良い残存品はあまりない、シースも鞣し方が良くなく朽ちている、日本で手にとって確認できるような店も関東にはどうもなく、さあどうしたものかと思案して手を出していなかった。

 イーベイやアメリカの骨董屋のサイトで販売はされているものの、オリジナルを保っていないというか、いや何かもっと素人が後年いじり壊したようなヤバい感じのものが多く手が出ない。当方、研究だけは怠っていないので、ヤバいものの匂いは少々わかるんである。しかし、相場は近年下降傾向ではあった。

 要するに古いモン好きの宿命で、手にとって納得して買うというハードルが余分にあるのだけれど、ピカピカ新品が世に溢れていたらそれはそれで欲しくなくなる、ただの天の邪鬼ともいえるわな。ただ、確実な上物なら大胆な出費も厭わないくらいの意欲はあった。

 ともかく、縁あって実用できそうな程度を保ったIdealを手に入れたのは20年近い逡巡の末のことであった。1940年前後製造の積層革ハンドル、アルミニウムポメルの8インチモデルである。

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マーブルズのパンフレットによると

The thick, strong blade is relieved by hollow grinding which provides proper balance for weight and size. Strength of back is necessary for splitting kindling or digging holes in hard ground or ice. The hollows aid quick sharpening. Blade is adapted to sticking and skinning. Back of point is beveled for breaking small bones. Blade and tang forged from one piece of high grade cutlery steel, expertly tempered, polished and sharpened to a keen edge.

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 ブレードはバフ磨きされて、タングスタンプも浅くなり、元のツールマークが淡く残る程度になっている*4が、大きな研ぎ減り、変形もなく、腐食の深いクレーターもあまりない。幸い、タングのセットナットは破壊されておらず、もとの締めつけ位置のままでハンドルやガードにガタも出ていない*5*6。大きな曲がりや凹みなく、全体に大きな問題はなさそうである。シースはオリジナルではないが、オリジナルから採寸したと思しき同一デザインのものがついていた*7*8

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 うーん、もっとなにかこう、デッドストックの箱入り新品状態のようなものはないかと思ってしまうのは60~70年代ヴィンテージのコレクターの感覚から来る、「無い物ねだり」であろうが、かなり安い購入価格と目的(実用に供して試したい)からすると、実のところ満足度が高い。80年前に購入したユーザが大事に使い、小マシな環境で保管されていたと思えば、やはりありがたいものである。年代相応に使い込まれた感というのは、新品にはないフェティッシュな魅力があるのも確かで、その味は時間の経過によってしか得られない貴重なものと思えば、何か別の趣味性も出てきそうだ。まあアンティークですな。

 手に取って見て思うのは、良くできたパッケージングというかデザインというか、大きく肉抜きされたブレード*9は8インチブレードとしては異例に軽く*10、重量バランスがよく、ハンドルのキノコ状のポメルも使っていて安心感がある。とにかくハンドルを握っているだけで心地良く、使っていて危うい感覚がない。Idealの基本的なデザインができて120年経ち、アウトドアナイフでこれを超える出来の物がどれだけあるのかと思ってしまうが、長年ほしがっていた自分の思い込みもあるかもしれない。 アイディールはウェブスター・マーブルさんが亡くなる1930年代にはほぼ完成の域に達し、これ以降ロングホーンと製品名が変わったり、復刻版が出たりしているが、この頃のアイディールが私には一際輝いて見える。いずれ程度の良い6インチブレード、ダブルガード、レザーハンドルのものを手に入れたいものである。

 

Marble’s Ideal

  で、Idealというのはどういうナイフだったのか?というと、野外、森林で生きる男にとっての理想の万能ツールとして生まれたものだ。と、なんだかロマンティックではあるんだけど、ショボい道具で山に入ると命が危ないというのを実感した創業者による理想のナイフであった*11

  4.5インチから8インチまでのブレード、シングルガードとダブルガードが選べ、ハンドルはスタッグホーンか積層革、ポメルは時代により色々と。

The thick, strong blade is relieved by hollow grinding which provides proper balance for weight and size. Strength of back is necessary for splitting kindling or digging holes in hard ground or ice. The hollows aid quick sharpening. Blade is adapted to sticking and skinning. Back of point is beveled for breaking small bones. Blade and tang forged from one piece of high grade cutlery steel, expertly tempered, polished and sharpened to a keen edge.

  広告のフレーズだが、これは言い得て妙というか、まさにウェブスター・マーブルさんの意図する所なんだと思う。彼にとってナイフはこうあるべき、という。それは純然としたハンティングナイフではなく、アウトドアナイフの理想だったのだろう。薪も割れば穴も掘るし、骨も砕く、そういうナイフが必要だったと。

  ブレード長やガード形状のバリエーションは用途に応じたもので、8インチのダブルガードはピッグ・スティッカー的な、あるいは軽い鉈のような用途なんだろう。個人的な好みとしては6インチブレードがバランスよく美しく、かつ汎用性が高いと思う。

  手元のはいわゆる8インチ刃なんだけど、ガードから切っ先まで測ると7.75インチというところ、これは他のモデルもそのような傾向にあり、公称より6ミリほど短い。何か測り方の相違があるんだろうが、今となっては失われた謎だ。とにかく当時の情報はかなり限定されていて、推測に頼るしかない。なぜ4.5、5、6、7、8インチと多種の刃長のバリエーションがあったのか?というのも私にはよくわからない。

  ハンドルのバリエーションはジャーマン・スタッグホーンと積層革の2種類、ポメルはスタッグホーン、リグナムバイタ、アルミニウム、フェノール樹脂、そしてまたアルミニウム、スチール?などいろいろの変遷があるが、これは特に謎ではなくその時々の製造現場の状況によるものだろう。タングスタンプの書式/字体やセットナットのサイズである程度の製造年代の判別はできる。

  というわけなんだが、実のところ私にとって最大の謎は、どう研ぐべきか問題であった。

 

アイディールを研ぐ

  当時の広告文から察せられるようにほんとうにベタで研ぐのか、小刃糸刃を研ぐのかという話である。諸々の情報を綜合して推測すると、まあベタ研ぎで間違っていないし、小刃をつけても間違っていない。そんな感じである。たぶんこのブレードは斧研ぎの発想があって、いや、斧の研ぎ方というのは知識としては知っているが、それがいわゆるベタなのかハマグリなのか、あるいは小刃つけるのかというのは用途と好みの問題で正解がないというのが私の理解であった。

  実際の刃先というかブレードの刃角を見てみると、確かにベタ研ぎでも十分な強度が得られそうでもあり、ハマグリでもよし、あるいは小刃つけてもそれなりの切れ味は確保できそうでもある。ただし、小刃研ぎだといずれブレードの修正が必要にはなりそうだ。樋のヘリから刃先に向かう部分、そして、切っ先部分は意外に肉厚で、やはり穴掘りもできるブレードを意図されているようだ。

  というわけで、これといったお作法がないと居心地が良くない感じもあるんだけど、正解を求めすぎるのもまた問題、お好みでということと理解した。でもベタで研ぐのが切れ味的にマーブルさんの好みだったんじゃないかと(根拠なく)思う。思うんだけど、まずは小刃研ぎしてみた。エッジ角は片側20度くらい。タフな刃だけど私の好みからすると、まあもっと寝かせたほうが切れ味が明快になるというか、ザックリ切れる刃になるんだろうなという感覚がある。感覚があるがベタ研ぎは野外では手軽さに欠ける。野外で出刃包丁を研ぐようなものだ。

  そのあたり煎じつめると、家ではベタ研ぎ、野外で糸刃研ぎとなるのかな*12。銃刀法の変更(改正と言いたくない)で失われたガーバーのダガーの刃を思い出した。あれと似たような感じだが、刃先はもっと分厚い。あるいは、やはり幅広い樋のあるリジッド・ナイフも、ストック厚さは似たようなものだが刃先はもっと薄い。

  ブレードの鋼材は1095だというのがもっぱらの説ではあるんだけど、そこまでの高炭素鋼を選ぶ合理性はないような気もするし、あるいは当時の鍛造から続く熱処理の諸々でちょうどいい具合に脱炭しているのかもしれない。研いで使っている感じだとRandallのO-1より硬度が高く感じる*13。素直な研ぎやすい鋼である*14*15

  いろいろと研いでみて思うには、やはりアイディールというのは、それまでの薄刃のナイフに対するウェブスター・マーブルさんによるアンチテーゼだったのかな。氷に穴を穿ち、骨を叩き折るというのはそれまでのアメリカン・アウトドアナイフにはできない芸当だった。というか、そもそも当時はアウトドアナイフという括りもなかった。イメージとしてはグリーンリバーナイフのような刃物がそれまで野外では用いられていたもので、その実用性は狩猟用として確かに高い。高いんだけど、原生林での汎用ナイフとしては万能とは言えなかった、というのがマーブルさんの出発点だったのでしょうね。もっとタフな刃物が必要だったと。

  で、広くそれが受け容れられたかと言えば、依然薄刃の需要もあって、ゆえにウッドクラフトとかエキスパートのようなモデルも出した。一方でマーブルさんの鉈の行き先はトレールメーカーとして結実することになる。とはいうものの、サイズと重量の問題はある。というわけで、アイディールの位置づけは、タフでありながら軽便な野外の万能ナイフであって、それが一面では中途半端な存在でもあったとは思う。でも万能というのはそういうものなんだろう。

 

実用までの下準備 - ハンドル

  ハンドルの革とファイバー・スペーサーは年代なりに良好な状態を保っているが、経年変化で黒ずんでいる。なんらか劣化しているとは思うが、痩せるとか脆くなって割れるというような感じではない。手入れとか保管環境によるものだろうが、レザー・ワッシャー・ハンドルというのは案外耐久性があるようだ。

  いずれにしても吸水脱水する素材なので、湿度を一定に保ち、汚れを吸わせないための何らかの手入れは必要かと思う。以前、ブーツに凝っていたことがあるが、いわゆる保革剤とかミンクオイルには私は良い印象はなくて、むしろ何の手入れもしていないブーツが長持ちしたりする。色々試してみた結果が、乾性油に溶いた蜜蝋を薄く塗るやりかたである。要するにガニー・ペーストなんだが、体感的に防水防汚の効果は良く、革も軟化しない。

  乾性油もごく長い視点で見ると硬化し過ぎて脆くなる*16が、銃床の仕上げで硬化剤(鉛のような重金属成分)を含まないリンシードオイルを使ったものは、ひび割れを良く防いでけっこう長持ちしている。で、薄くリンシードオイルを何度か塗布し硬化させて目止めにしてからガニー・ペーストで仕上げてみた。銃床なんかだと初期に桐油に漬け込んだりするが、タングを錆から保護しワッシャーを固定する接着材を緩めても害があるので、ごく表面に近い部分のみに浸透させる。

  一般には、レザーワッシャーのハンドルにはワックスの塗布が推奨されるものと思うが、日常的な手入れとしては溶剤のきつくないワックス類が良いのだろう。マーブルズナイフは、鞘(と麻の縫糸)はすぐにダメになってしまうのにハンドルのほうは良く原型を留めているのは奇妙な話だけど、思えばランドールでも初期のラブレスでもレザーワッシャーの保ちはけっこう良い印象がある。本質的にはレザーソールと同じものだが、このような姿の革は、高温高湿度の、あるいはいつも潮水がかかっているようなひどい環境でなければ、少なくとも100年は保つんだろう。革の劣化が紫外線なのか酸化なのかカビなのか、何によって起こるにせよ、露出面が最小に抑えられているのが良いのか?

 

ブレード

  広大な樋の走ったブレードはナイフの刃としては複雑な造形で、熱処理には工夫が必要だったのではないかと思う。当時どのような焼入れをしていたか、そのような情報は失われている。入手したアイディールの刃はバフ研磨で錆が取り除かれている状態だったが、中途半端な仕上がりだったので、いったんペーパー掛けで均してからダイヤモンドペーストで手磨きしてみた。樋の部分はペーパーのかかりがよく、それ以外の部分は硬い。

  スパインもすごく硬いというわけでもないが、比較して樋の部分はとても軟らかい。樋の切れる先端から切っ先まではまた硬い。刃先を硬く、スパインを軟く、ではなく、刃先とスパインが硬く樋が軟らかいというのは面白い。炉から出したあと刃先を急冷して、スパインを次に冷却、樋とリカッソ、タングは生にしておいて焼き戻し工程に回すというような手作業をしていたのだろうか?ポケットアックスから始まったメーカーなので、刃先だけ焼きを入れるというのは自然な発想だったのかもしれない*17

  ほどほどにきれいになったので、片側17度くらいで再度研ぎを入れてみた。これくらいの角度だと、研ぎ幅0.5ミリ強くらいの小刃になる。ポケットサイズのファインインディア(といっても私の砥石はノートンではなく日本製の油砥石の同等品)で楽にメンテナンスできる刃だ。

 

つづく

*1:ここでいうマーブルズのナイフというのは、1898年から始まり1970年代頃までの、いわゆるオリジナルのマーブルズのことで、自分はその後の製品は興味がない。なぜ興味がないか?雰囲気は似せているが造り方もディティールも異なる、看板を引き継いだだけの別物と思っている。ちなみにリプロダクションの、ナイフとしての良し悪しについていうとカミラスが請けてブレードを造っていた時代の「U.S.A.」刻印ありのものがおすすめである。

*2:米海兵のケーバーも、ジェットパイロット・サバイバルナイフも、元を辿ればマーブルズである。

*3:どうでもいい話なんだけど、私は中学生の数年を北海道の釧路市で過ごしたことがあって、その中心部にあるアメカジの衣料品店に足繁く通っていた。で、そのディスプレイにカミラスの海兵ナイフがあって、何か黒ペンキに漬け込んだような黒ずくめのナイフだったんだけど、今でも印象に残っている。当時、ナイフに対する興味はすでにあって、手にとって見せてもらったんだけど買いたいほどの魅力はなかった。軍用ナイフというのはもちろんナイフとして機能するけど、ずいぶんと雑な作りかたをするもんだなと思ったものだが、手にした時の軽さは意外な感覚ではあった。その後、この手の軍用ナイフだとケースのM3を買ったりもしたが、愛着の湧くものではなかったし(とにかく手に触れるところが鉄部品というのはどうなのかという疑問)、その後もこの手のナイフ、ジェットパイロット・サバイバルやケーバーは買わずじまいだった。あるいは買っていたらまた違う道が拓けていたのかもしれない。

*4:コレクター的には減点要素

*5:ランドールをはじめとしてこの手のレザーワッシャーハンドルは、革が縮んだらセットナットを締めて調節するものだと誤解されているが、そして実際そのように締められてタングボルトが突き出ている個体もあるが、これは実は正しい対処ではない。基本的には、このようなナットは、ポメルとタングとを固定するものであって、ポメルを革の弾力で固定する設計ではない。工場出荷時の状態は、ポメル内部にネジ部を超えてタングの端が入り、突き当っている状態である。そのためナットが緩んでいるのでない限り、これをさらに締めつけると(締めようがないのに無理に力を加えると)ネジ部が破壊される。あるいはナットのスロットを舐めたり変形させる。なまじネジが見えるだけに人間心理としてガタがあると締めようとしてしまうが、正しい対処は(リンシードオイルを浸透させるなどして)縮んだ革を元に戻すなり、ワッシャーを足すなりしてガタが出ないように調整することである。

*6:ポメルというかバットキャップの構造について脱線すると、世の中には、ネジ部のみポメル内部に収まる構造のハンドルがあるが、これはネジ部の物性に注意しないとハンドル材とポメルの境目で容易に破断する。ネジ溝という応力の集中する折れ目が最初から入っているので当然である。マーブルズも初期のジェットパイロット・サバイバルナイフでこの構造(ネジ部でポメルを支持する)にし、しかもバットキャップはハンマーとしても使うという仕様だったので、強度に問題を抱えることになった。カミラスの初期量産もこの構造を引き継いだが、問題を克服できず、結局はタングを延長してポメルから突き出させ、そこをかしめるという構造に落ち着いた(余談になるが、JPSKはバットキャップ以外にも筋の悪い構造を抱えており、初期にはスパインのノコ刃が原因でブレードが破断するという問題もあった)。ケーバー海兵ナイフは延長したタングにピン穴を開けてポメル側面からピンで固定する方法に落ち着いた。

*7:手作り手縫いなのだけど革細工を心得た者の作り方(糸の処理、裁断とコバの仕上げ、染色、カシメ金具)で、やたらと分厚く堅い革を使っている。オリジナルのシースがダメになった1950〜1960年代くらいに持ち主が身近な靴屋なりに作らせたと見る。マチもなくシンプルなデザインはオリジナルそのままである(ゆえに分厚く堅い革でなければヘナヘナになってしまうということになるんだが)。古びていても腰があり、キープ・ストラップも現物あわせで作ってあり、この手のシースにありがちな、ストラップを留めた時のナイフの上下のガタつきがまったくない。自分はオリジナル至上主義なんだけど、実用をとると、まあここは妥協すべきところなのかもしれない。

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*8:オリジナルの(そして手元のレプリカの)シースのデザインについていうと、すごくシンプルなサンドイッチ型のシースで、ベルトへの取り付けもループではなくスリットである。マチもなくリベットで補強してある。作るのが楽で、軽く、左右対称なので腰の左右どちらにつけても違和感がないのは美点だとしても、サドルメーカーが縫った1960年代のランドールナイフの鞘みたいな頑丈な物に比べると見劣りするし、8インチくらいの刃長だと砥石ポケットが付いていたほうがデザイン的に締まった感じになったろうと思う。とはいうものの、しっかりした革で作ればこれはこれで鞘として成立するとも言えるのか?ともかく、当時としては先進的であったし、数多くコピーされたスタイルではある(初期のアイディールは、シングルガードのモデルにはチューブ型、ダブルガードにはこのサンドイッチ型の鞘が附属した)。どうしようもない素材で作るとどうしようもない物になってしまうのは、あの昔のジェットパイロット・サバイバルナイフのやはり微妙な鞘でわかる通りである。これは後年金属板で刃先が補強されている。

*9:タングと一体のブレードは型鍛造されている。オリジナルのマーブルズナイフは、タング端のネジ切りをする部分まで一体の鍛造で、溶接ではない。さすがマスプロ斧屋の発想と思う。タフな構造だ。

*10:ストック厚さは3/16”(約5ミリ)ほど、これが1ミリ厚かったら、ガードが厚く大型だったら、ポメルがブラスのように重い金属だったら、かなり異なった使い勝手になってしまっただろう。このあたりの設計が絶妙で軽快な実用感をもたらす。

*11:マーブルズのサバイバル3点セットは、アイディール・ナイフ、ピン留めコンパス、そしてマッチ・セーフ(散弾のカートリッジ大の防水マッチケース)である。この3点、マーブルズ製は値は張るが、信頼できると。極地飛行のバード少将、チャールズ・リンドバーグからセオドア・ルーズベルト御用達のセットであった。

*12:というか、実用の観点から言えば、好みというか必要な刃角というのがまずあって、ともかくその角度で研いで、その上でブレードに不具合があれば修正すれば良いということなんだろう。

*13:というかランドールは異例に軟らかくしているのであまり比較にはならないか。

*14:マーブルズは二次大戦の直前に物資の缺乏、統制を見越して、型鍛造で成形したブレードを大量に作り置きした。手元のアイディールはそのような時代の物である。ちなみにそれらの作り置きはその後の経営不振もあり、使い切れずに樽に油漬けされて倉庫に多数残存していたようである。元々高コストな作り方だったので制式採用されなかったのと、戦後、サープラスが氾濫してやはり商売にならなかった。ジェットパイロット・サバイバルナイフに至っては開発協力までしたのに実生産ではカミラスに油揚げをさらわれるといった不遇っぷりであった。で、作り置きブレードだが、2000年前後に「発見」され、当時のブレードを元に復刻品が再生産された(A.G.Russell向け)。これについての私の不満は、まさに当時の刃を使うのであれば、寸分違わず仕上げれば良いものを微妙にアレンジしたという点にある。熱処理も勝手にアレンジ?したためどうも良くない結果になったようだ。その半数が熱処理によって問題を生じたという話があった。憶測だが焼入れ時の冷却の仕方に問題があったものと思う。何事もそうだが復刻品がオリジナルに劣るというか、オリジナルの良さを減じるのがこの世の常である。やはりマーブルズの名作でWoodcraftというモデルがあるが、これがオリジナルではスパインの付け根に滑り止めのジンピング(ウッドクラフトのチャームポイントの一つ)が施されているのを、2000年前後の復刻品では廃止した。その理由はといえば、ジンピングがあると熱処理時の問題(割れ?)が起きて歩留まりが下がると。オリジナルには溝があり問題は発生していない。真似て作ったら割れる。とすると工程なり加工方法なり熱処理の仕方に問題があると考えるのが普通だろうに、そして正解は100年前にすでにあったにも関わらず、その時の責任者の判断は「ジンピングを無くす」だった。この当時の責任者というのが、今でも別の新しいナイフメーカー企業を経営しており、相も変わらず過去の名作のリメイクというかデザインの剽窃みたいなことをやっているが、その製品の出来栄えはご想像の通りである。マーブルズ在籍時にも熱処理不良のものが出荷されるという事故を起こしている。

*15:Fine Indiaのような油砥石とも、あるいは各種アーカンサスとも相性が良い。刃先がフニャフニャと曲がらずにさっと下りるので、はしこいドライな刃がつく。シンプルな炭素鋼を一定以上の硬度で熱処理した物に共通する、砥石の粒子をそのまま転写したような研ぎ上がりである。

*16:油絵などの経年変化を見ると、硬化促進剤を含むような乾性油は、より脆くなりやすいように感じる。

*17:逆に、この断面形状で一様に焼きを入れるのもそれはそれで難しいとは思う。現代において、デッドストックのアイディールのブレードをうまく熱処理できなかったのは、この辺りが原因だったと想像する。リプロダクションでソルトバスを使ったのか真空炉だったのか知らないが、100年前の知恵を生かすには熟練工の手作業が必要だったということか?現実的なコストで高周波焼入れを採用できるのかどうか私は知らないが、切っ先と刃先を普通に焼入れ焼戻し、スパインをスプリングテンパー、タングを生というような制御ができれば、性能的に似たようなものができただろうと思う。