Old Smith & Wesson Knives

当初はオールドS&Wナイフネタを書こうと思っていたのが、この頃は60~70年代アメリカン・ナイフ再発見の話です

ウーツ鋼?ダマスカス鋼?いえ、Boye Dendritic Steelです。お試しあれ!

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 アメリカのナイフメーカーであるDavid Boyeさんがかつて製造していた「Dendritic Steel」*1のナイフというのがあって、この鋼材は簡単に言うと、440Cステンレス鋼を融解させてインベストメント鋳造でブレードの原型を得るものだ。

 もともとBoyeさんがツバつきナイフ(分厚いボルスター部がブレードと一体になっているような形状)のブレードとボルスターのつなぎ目を溶接で作っていたところが(あるいはロウ付け?)、知り合いの技師に「それ鋳造でやったらラクなんちゃう?」なんて無責任なアドバイスをされ、ロストワックスで一体のブレード&ボルスター&タング(あるいはハンドル)を作ってみたのが始まりと、Boyeさんのサイトにある。*2

 模型作って、それ使って外型作って、外型にワックス流し込んで、ワックス型集めて鋳型焼いて、鋼材融かして流して冷まして型割って、削って、熱処理して、磨いて仕上げて、と何がラクなのかわからない、大量生産しないと割に合わなさそうではあるが、あるいは当時のアメリカでは安く外注できる先があったのかもしれない。模型なり外型なりを持ち込んだらやってくれるような。*3

 鋳物で刃物造るのは100歩譲ってまあいいとしても、鋳た後に何らかの鍛造処理が必要なんであろうな、とまあ皆さん考えると思いますし、Boyeさんもなんの迷いもなく、はじめは鍛造処理をしていたらしい。ポロポロ・ポッキリいきそうだもんね。だったら最初から丸棒で鍛造したほうがラクなんじゃないかと思うがどうなんでしょうか。

 で、ともかくもそのように造ったものが、切れ味も良くて大満足だったものの、ある日ふと、鍛造せんかったらどないなるんや?という疑問が湧き、鋳造してそのまま削り出したナイフをテストしてみたところ、あら不思議、切っても切ってもまた切れよるわ。何もせんほうがよかったんや。

 で、鋼の組織を電顕かなんかで見てみると、まあびっくり、炭化物がデンドライト状に結晶しているみたい、そこで命名「Boye Dendritic(デンドリティック) Steel」*4、1980年代のことであった。どうも鋳型の中で冷える過程で、鉄や各種炭化物の結晶が樹枝状に成長したものらしい。硬い鋼の網に、さらにもっと硬い、クローム等の複合炭化物を吸いつけて束ねたような繊維状の構造が、若干柔らかい母材の中に生成され、刃先では細かい鋸刃のような様相を呈して、永切れするのであるというのが理屈である。

 切っているうちに、柔らかい部分が摩耗した刃先にまた鋸刃が出現するという、一種のセルフ・シャープニング的なコンセプトとも言えるのかもしれないが、BDSのミクロの変化を学術的に観察した資料というのは見つからなかった。

 今となっては昔の話、私はまだ大学生だったと思うが、2000年前後に、今はなき「ジ・エッヂ」渋谷店*5に、Boyeさんのナイフが何種類か在庫していた。

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 そのうちの一つ「Basic」シリーズが手頃な値段とオモシロいデザインだったので1丁購入した。シリーズ内で一番大きな(ブレード4インチ)Basic3である。2万円しなかったと思う(今思えば、「1」と「2」も買っておくべきだった)。カスタムだとエッチング*6が施されていたりして値段はもっと高くなり、今も、Boyeさんではないが別のメーカーとFrancineさんが当時と似た(というか当時もFrancineさんがエッチングしてたんだろうが)ナイフを供給しているようである。*7そのほかの現行品としては、スパイダーコのセレータ*8が同様の鋼材であるようだ。

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 というわけで、昔購入したBasic3を、もうかれこれ20年以上所有して時折使ったりしていたわけだが、実のところ、これまで何か性能に注意して使ってはいなかった。いつも身近に置いておくというようなことはなく、キャンプでの調理とかに持ち出してちょろっと使うくらいだった。愛玩用というよりは実用品という感じで。

 というのが長い前置きで、最近、倉庫から発掘してきたBasic3をちょっと腰を入れて使ってみるかというのが今回の話である。

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 Basic3は、現在も実はアイテムとしては存続しているが、BDSではなくBDCのもので、形状も若干変わり、ハンドルにはパラコードが巻かれていたりする。私の手元のBasic3は昔のBDSのもので、真鍮のライナーが入ったナイロンのシースが附属している。おそらくBDSのBasicはBoyeさん自身はもうレギュラーに製造していないものと思われる。

 Basicシリーズは、かつては何種類かのサイズ違いのものがあったが、Basic3が最大サイズで、ブレード4インチ、個人的にはやはりこれくらいが使いやすい(特に調理用途だとこれ以上短いと使いにくい)。ゆえにBasic3を購入したのだが、小ブレードが活きる用途もないではなく、1と2も買っておけばよかったと思っているのは前述のとおりである。*9

 特異な点は、スパインが分厚く6ミリくらい、そこから一直線にほとんどゼロ・エッジを狙うようにフラット・グラウンドされている。エッジの根元に、砥ぐ際のガイドが設けられている*10のもオモシロい。全体的なデザインとしては奇を衒わず、装飾もなく、仕上げるべきところはしっかり仕上げ、そうでもないところは鋳型の地肌を残す、とまあ大人の合理主義、実用主義ですよね。実用品ゆえに古さを感じさせない。

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  シースのブラス・ライナーは、現行だとカイデックス的な素材になっていて、かつ、ナイロンの袋地から取り外せるようになっているようである。私のシースのブラス・ライニングは何か接着剤で固定されており取り外しはできない。

 ライナーが真鍮だと「刃を痛めるのではないか」という疑問があるわけなんだけど、恥ずかしながら、これまで私は気にしたことがなかった。シャリーンと抜き出せ、シャクっと納める感覚は気持ちが良い。ナイフ本体に傷が入ったり、真鍮滓がこびりつくといったこともない。

 高倍率ルーペで確認してみたが、確かに真鍮にエッジが当たると刃がわずかに潰れている。結論は「痛める場合あり」で、抜き差しするときはスパイン側をライニングに押しつけて行うのがよいようである。

 いったん収納してしまえば特にどうということはないし、何といっても安全性が高い。*11ブラス・ライナーのナイフにかかるテンションも絶妙で使い心地はよいが、今の時代ならやはりナイロン布地も省いてカイデックスのみで成形するのが理にかなっているような気もする。

  モデル名「Basic」だけあって、ワンピース型のシンプルかつ手にやさしい練られた基本デザインで、ブレードはツバ付き牛刀をミニチュアにしたようなラインになっている。この包丁型のデザインは、特にまな板を使うような場合にやはり使いやすく、キャンプ用途に向いているのはご覧の通りである。この価格帯で、ハンドルもスパインも角が丸められていて配慮が行き届いているのはさすがという感じだ。

 ノートンのファイン・インディア相当のアルミナのオイル・ストーン(ポケット型の小さいもの)で、ブレード基部の刃角ガイドに留意して砥ぎ直してみると、確かに砥ぎ角度のブレが小さくなり(高倍率ルーペで観察すると、通常の私の手砥ぎに比べてエッジの平面度が高い)、エッジ幅の狭さと相俟って、異次元の刃付けのしやすさである。*12

 片側15度で、エッジの際も十分に薄いので、このサイズのナイフとしては十分に切れ味が良い。産毛も飛んで切れる。スパイン(峰)側がかなり分厚いのが好みの分かれるところと思うが、この厚みが鋳造鋼の脆さを補うためのものだったのか、粗い使い方もできるようにという配慮だったのか、このあたりのBoyeさんの意図は聞いてみたいところである。*13

つづく

*1:

www.francineetchedknives.com

*2:

www.boyeknives.com

 

*3:実際、外注していたようである。

*4: 思うに、このBDSがインターネット時代に生まれたら、あるいはもっと定着したのかもしれない。当時はネットは普及していなくて、雑誌やパンフレットで情報を得ていた時代であった(私の場合ね)。というわけで、この画期的なブレードは日本はおろか米国でもあまり知名度を得られにくかった。Boyeさんは、その後しばらくして、BDSからコバルト合金をやはり鋳造する「BDC(Boye Dendritic Cobalt)」にシフトして、今はボート・ナイフに割と特化したメーカーになっているようである。

*5:惜しまれる。何か用事があって渋谷に行く時に、ちょっと寄ってみる楽しみが失われてしまった。閉店直前に店長さんに挨拶できたのがせめてもの幸いだった。

*6:刃物を酸に晒すのは、例え焼き入れ前だとしても私は好まない。

*7:

www.francineetchedknives.com

 

*8:

www.spyderco.com

*9:いや、正直言うと、いつでも容易に買える物は買う気がなかなか起きないのに、手に入りにくくなると「買っておけばよかった」となる、そういう気分か。

*10:実はかなり有用である。刃角ガイドに従うと、片側15度・合計30度くらいになる。Boyeさんのパンフレットによれば、ガイドの刃角は参考であり、用途と好みにより大小の角度で砥いでくださいねという話なんだが、私の場合はガイド通りが好みである。実用上は片側12度くらいまで攻めても良さそうだ。

*11:このブラス・ライナーをプレスする金型も摩耗し、あるいは外注先が廃業し、今となっては失われ、同じものは作れないとどこかに書いてあったような記憶がある。

*12:ポケット・ストーンの2~3ストローク(というかスワイプかな)で、あっという間に下りる。BDSの熱処理後硬度は(440Cの刃物としては標準的な値と思う)RC57-58とのことだが、カエリは若干出やすいような感じだ。そのため、コツとしては砥ぎすぎて刃先を無駄に消耗しないようにすることと、カエリをうまく除去することに注意すればよいと思う。

*13:私の推測では、Boyeさんの造ったBDSのシェフ・ナイフはそれなりの薄さだったということと、物性の異なる?BDC(ステライト系)の新Basic3も相変わらず同様の分厚さであること、Basic3を過去に使っていて木の床や岩の上にけっこうな高さから取り落としたことがあるが、特に割れる砕ける曲がるということもなかったことから、使い勝手の配慮、つまり、薄いと手が痛くなるとか、しなると木材なんかを削るような場合には使いにくいというような、使い勝手上の理由なのではないかと思っている。